子供との日常

さようなら。アントニオ

わが家の飼い猫、アントニオが亡くなりました。

アントニオは、友達が拾った捨て猫。
友達宅でも飼えなくてお友達たちにもあたったけどなかなか引き取り先が決まらず
「飼わないか?」
と声をかけていただきうちに来た猫でした。

来た時がこんな姿でした。
今から5年と半年くらい前のことです。

来た時から、お外にとても行きたがり、
お外に出てしまう猫でした。

木曜日に、押し入れ状態の部屋の椅子が積んだ狭い場所に隠れて出てこない。
鳴き声もか細いし、なんだか変だと思い長男に頼んで隠れた場所から
出してきてもらいました。

やっぱり、おかしい。
病院に連れて行こう。
と慌てて病院に連れていくことに。

ここ2週間ほどの間に知人の猫が亡くなったり、
ミュージシャンの猫沢エミさんの猫が亡くなったという
SNSでの投稿を見ていたので、何かとても嫌な予感がしていました。


春休み中で家にいる次男に猫をバスケットにいれて
抱っこしてもらって病院へ。
12時までの診察に間に合わなければまずいと思い、電話して
お願いしたのでギリギリについたけれどもスムーズに見ていただけました。

そして、先生からの診断は
「膿が体の中にたまっていてあまり長くもたないです。このまま
病院で預かることもできますが、もう会えないかもしれません。」

想像以上にひどい状態に驚き
涙が止まらなくなってしまいました。

できることはやりますと先生がおっしゃってくださり、
体内に溜まっている膿をチューブで出していただくことになり
膿をだし、洗いを1時間近くかけてやっていただきました。

もう、目はあいているもののフラフラで立てないアントニオ。
洗浄していただいた後、家に連れて帰ったら、フラフラながらも
外へ出ていこうする。

もう、彼も命が少ないことを分かっているのだろうと思うと
さらに涙がとまらなくて。
自由に今まで出入りしていた猫だったので
ちょっと外にはだしてあげたのですが、夕方になり寒くなるとかわいそうの
気持ちが出てしまい家の中に連れて入りました。

そこから、二晩、寝たきり状態。
抱っこするのも憚られる状態でそばにいっては、頭をなでていました。

私も用事があると家をでていかねばいけないので、気になりながらも
でて、かえってアントニオが生きていることを確認しほっとして。

そして、昨日、土曜日。

明け方にニャーと泣いて旦那さんを起こしたアントニオ。
その話を聞いてアントニオのそばに行ったのですが
ニャーもか細く辛そうで。
泣かなくてもいいよって言いたくなってしまいました。

お日様がでてから、外へ行きたいそぶりをフラフラながらに
見せるので家の外へ連れて行きました。
玄関開けてすぐの場所に連れて行ってあげてお日様の光を浴びてもらって、
ちょっと落ち着いたように見えました。

子供たちの野球にお弁当を届けに
少し出て家に帰った時にはまだ生きていて。
用事をしたり家の中で作業をしていた10分程度でしょうか。

家の外の玄関先のさっきまでいた場所にいなくなっていて
居場所が見つからず、なんでなんで!!と
探し回りました。

もしかして。
がふっと頭に浮かび、家の前に止めていた車の下を子供たちとのぞき込んだら
車の下でこと切れていたのでした。

たった10分でもう、力なく寝そべっていたアントニオが車の下に
入ってしまうなんて。

いつも車で私たち家族が出かけるのに
ついていきたかったんだろうか。
ごめんね。ずっと一緒にいれなくて。

ととめどなく涙がでてきてしまい。
子供たちを野球に迎えに行っても、もういないんだ。
って思うと泣けてしまう。

そんな状態でした。
かえってきた子供たちも初めてのペットの死に衝撃を受けていました。
小学生3人の長男次男三男は、大泣きし、また会えるよね。
どこかでいつか会えるよね。
と話をしました。

末っ子3歳も、
「お山にいっちゃったんだね。帰ってくるよね。」
と何度もいっていました。

仏壇の前で、旦那さんとお勤めをしアントニオへのさようならを
しました。
家の周りに咲いていたたんぽぽやぺんぺん草などの花をガラス瓶に
活けて子供たちが最後のお見送りをすることができました。

命の短さ、命のかけがえのなさを教えてくれたアントニオ。
君にまたいつか会える時まで、私たちみんなこの世を
楽しませてもらうね。

近くにいったら、また一緒に遊ぼうね。
アントニオ、お空の上で元気な体で遊びまわって待っていてね。
本当に今までありがとう。

アントニオ猫

ABOUT ME
福永 万琴
福永 万琴
ほんわかしたものが好きな男子四人子育て中のデザイナーです。 神戸育ち⇒のどかな田舎、兵庫県相生市在住。 雑貨、食べ物、カメラ、イラスト、柄の布など好きなことをつづっているブログです。